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川崎遺跡(埼玉県ふじみ野市)

元上福岡市川崎地区には「川崎遺跡」と呼ばれる複合遺跡があった。
前々からその所在地は知っていたが、行く機会が無かったので行ってみた。

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台地の西下方にある葦原中学校付近より台地を見る。
せいぜい高さは2m以内であったりする。

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市街化の進行が著しい旧上福岡市内でも、この辺りまでくると広い畑が残されていた。
既に発掘調査はされているかも知れないが、宅地になっていなければ生きてる内にその謎が明らかになる機会があるだろう。

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川崎遺跡のほぼ中心付近には川崎氷川神社がある。
周辺が畑なのでポツンっと建っているようにも思えたりする。

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境内にある看板には以上の事が書かれている。
川崎遺跡の内容は主として縄文時代の遺構のようである。

川崎地区はその名が示すとおり川に突き出るように台地が飛び出している。
この周辺には寺尾城や福岡城といった中世城館跡が新河岸川沿いにある。
そしてこの川崎地域は上記の城の中間ぐらいのところに位置している事を踏まえると河川掌握の砦ぐらいはあったのかも知れない。

って事で次なる場所へ移動するのであった。

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砂久保字陣場(埼玉県川越市)

砂久保陣場・・・きっとこれを聞いて砂久保陣屋の方を思い出す人が多いと思う。
しかし、今回は中世城館跡と認識のある「砂久保陣屋」ではなく、「字陣場」の訪問なのである。

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その場所は川越市福原中学校から東に600mほど行った辺りにある。
ちょこっと雑木林が残されており、傍らから関越自動車道を通行する車の音が絶えず聞こえてくる。
地形だけで言えば北に向かって緩やかな傾斜になっている。
仮にここを本当に陣として利用したとすれば、北方に対する備えのように思えてくる。

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さっきの写真より北を向いて撮影してみた。
今でこそ民家などの建物が点在しているが、中世ごろであれば雑木林か原っぱぐらいしか無かったと想像できる。
「まがい地」巡りで遺構の期待は禁物だが、ちょっとぐるっと回ってみたい。

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傾斜地の上の方はまだ武蔵野の緑がよく茂っている。
この道沿いのこの地形なんか見ると林の方がやや高い感じがする。

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一歩林に入ってみると、そこは古く懐かしい武蔵野の雑木林が広がっている。
どんどんこういった雑木林が失われている、いつか武蔵野の雑木林なんて死語になってしまうおそれも。
もちろん城館跡と思える地形は無い。

って事でここでの収穫はなし。
思うに一時的にここに陣幕が張られた程度の物で、土木作業などは無かったのではないかと思う。
でも「陣場」は古に戦があった歴史を示す物だから、後世までその事を残して欲しい所。

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今日はまったり北武蔵

今日は最近新たに判明した武士たちの居館推定地に行ってきた。
久々に花園・深谷付近を回ってみると、新しい発見があってとても楽しい。

一応天気は曇りがちだったが、その後は図書館でのんびり資料漁り。
あまり大量の資料をコピーしても読みきれないし、コピー代も馬鹿にならないので手帳に要点のみ手書き。
確かに低コストで頭に入るのが手書きの良いところだが、自分の場合は誤字脱字が多いのが難点だったりも。

そして広大な櫛引台地のど真ん中で車を停めて、窓を開けて夏風に吹かれながら昼寝する。
この疲れた時にいつでも寝る事ができるのがソロの利点だなっとつくづく思う。

夕方まで熟睡し、寝ぼけ気味の頭に喝を入れるべく、車を出てのんびり散歩。
城館跡に関係ない所の散歩だが、これもまた色んな視線で周辺を見れるので楽しい。

そして家に帰宅し、今日仕入れた情報をまとめる作業をするのであった。

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深谷上杉四天王

深谷上杉氏にはその代表的な家臣を総称する名が幾つかある。
三宿老といえば岡谷氏・秋元氏・井草氏で、これに矢井氏を加えて四宿老と呼ばれる場合がある。
七武将といえば秋元越中・岡谷左馬助・新居志摩・大沼越後・萩谷加賀・大類丹後・多賀谷大学となる。
そして本題の「四天王」と呼ばれると岡谷加賀守・秋元上総守・井草左衛門・上原出羽守となる。

ちょっと興味があってこの四天王の居館を調べてみた。
筆頭ともいうべき岡谷氏は皿沼城・曲田城があった。
秋元氏には秋元城ともいうべき秋元氏館。
井草氏には岡部西田にあったとされる西田の館。
上原氏には今の川本地区の上原。
・・・であったと推測される。

でこの配置をよーく見てみたら、深谷城を四方で守っているようにも見える。

          (北)岡谷氏

(西)井草氏    深谷城    (南東)秋元氏

          (南)上原氏

「四天王」という名称がそう見えさせてしまうのか分からないが、深谷城を守るように四方に配置されているように見えるのがちょっと凄く感じてしまったのだった。

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