地震・雷・火事・オヤジ? 先日、付き合いで元吹上町にある「埼玉県防災学習センター」に行ってきた。 なんと、そこでは震度7の揺れや風速30mの強風を体験できるという。 今回はその時の感想をちょっと書いておく事に。 地震体験コーナーは・・・あれは凄い音する。 「何もする事ができない」と書いてあったが、本当にしがみつくだけで何も出来ない。 まだ手すりの付いたゴンドラに乗っていたからともかく、一般家庭でアレが来たら確かに物が散乱すると思った。 できたらよくある椅子とか机とかを配置してその下に隠れるのもやってみたかった。 けど毎回片付けするのが大変なんで置かないのだろう。 今回のメインコーナーでもあった。 次は火災時の非難訓練のコーナー。 なにやら特殊な臭いのする煙が立ち込めた暗い部屋から、一定のルートを通ってそこから脱出するというもの。 しかも、ダミーの扉も幾つか配置しており、巧妙なトラップが仕組まれているのである。 このコーナーを脱出する際、いかに姿勢を低くして煙を吸わずに早く脱出できるかなのだが・・・ 姿勢を低くした際に思わずオ●ラが出てしまいそうになり、二次災害を引き起こす所であった・・・。 実際の火災の煙とは違うらしいが、本物と想定して訓練するには良かったと思う。 次に強風体験コーナー。 よくテレビなどで映っている、傘の差せないのを体感できるコーナーである。 流石に着替えの関係から雨は無く、風速30mの強風のみの体験となった。 体から吹き飛ばされそうな物(メガネやコンタクト)を外して、いざ強風へ。 目の前の巨大扇風機(?)が音を出しながら回りはじめ、徐々に風速が上がっていく。 風速30mになると正面向かって息ができず、つい顔を伏せてしまう。 その後その模様を備え付けのモニターで見てたら、なにやらストッキングを顔に被せたみたいな表情になるのがちっと印象的であった。 そして消火訓練コーナー。 本物に偽装した消火器で、目の前のモニターに映る燃えてるヒーターを消火するというもの。 実際に使用される消火器は粉が噴出されるようだが、今回のは水が出るように出来ていた。 炎上するヒーターの画像が映し出されると「火事だぁ!!」と大声を張り上げ、模擬消火器を噴出。 火は燃えてる根元に噴霧しないと、すぐ15秒経って消火器を使い切ってしまうという。 団体でやる消火訓練って大概代表が消火器持ってやって終わりだが、ここでは参加者全員が出来たので良かったと思う。 消火器の黄色い安全ピンが思ったより軽く引けたのが印象的であった。 かくして2階の展示物を見たり、防災に関する早押しゲームをしたりするコーナーをめぐって終了。 個人的には地震体験コーナーが入場料無料で体感できるのは大きいと思った。 さすが高い税金を取っているだけの事はあるな。 一通り回ってしまうと1時間ぐらいであったが、なかなか良い体験をさせてもらえたので何よりであった。 [0回]PR
牟礼字新屋敷(埼玉県大里郡寄居町) 埼玉県大里郡寄居町牟礼の字堀の内から歩いてちょっとの所に「新屋敷」という小字がある。 この辺りは他の中世城館資料等ではまったく認識の無い場所なのだが、「堀の内」に続き「新屋敷」とちょっと中世城館跡にゆかりのある小字が残っているのが印象的である。 先の堀の内でも書いた通り、この牟礼地区は高見城から鉢形城への街道の沿線上にあったと思われ、個人的にはちょっと期待している地区でもあるのである。 牟礼地区で信号のある交差点を鉢形城方面へ歩いていくと、なにやら湿地帯が? 一応地図にも緑地として表示されているが、特に名前がない。 仕方ないのでここを仮名「寄居の尾瀬」と呼んで置くことに。 早朝の「寄居の尾瀬」はいたって静か。 こうして朝日の方角を向いていると、とても埼玉県寄居町にいるとは思えない光景が広がっている。 近くに民家があるが、とても良い自然が残されていると思った。 さて、この「寄居の尾瀬」の脇を通過し、目指す字新屋敷はこの奥である。 先へ進んで見ると途中で未舗装の道になる。 調べた所ではこの辺りから字新屋敷」なのであるが・・・ ピキーン!! ふと北側の斜面を見たときに感じ取った、この上に平場がある。 本当は民家脇から行くようだが、強引にこの斜面を直登して馳せ参じる事にした。 ・・・そこにはとても美しい平場があった。 この削平具合をみれば明らかに人の手によって平場が作られた物である。 でも・・・妙に草が刈られて綺麗になっているのが気になる所ではあるが、恐らく昔の住居があったのだろう。 しかもそこからは山間からうっすらと高見城と思われる山まで見える。(写真中央付近) 一応地図で調べてみたら、確かに高見城のある四ツ山であった。 これはわざわざ見える位置を削平したものか?あるいは偶然か? 発掘調査でもすれば分かるのかも知れないが、現時点では分からない。 足元には近年まで使われていたと思われる井戸のような跡まで残っていた。 どう見ても下水道などで使用されるコンクリート製の物で、正確には井戸であるかも分からない。 でもこの辺りは湧水があり、生活するには申し分ない条件を備えているようだった。 ここまで書いて残念ながらブログの写真容量が満タンになってしまったようだ。 一応容量増量を申請してみるが・・・こんなブログに増やしてもらえるか謎だったりする。 なお、先ほどの平場の上にも緩やかながらも何かあったような平場があり、それを囲むように溝があった。 字新屋敷の名は中世の城館跡なのか? これをご覧になって興味をもった方に見ていただきたい所だったりする。 つづきはこちら [0回]
牟礼堀の内(埼玉県大里郡寄居町) 以前寄居町の南部を調査してなかったので、今回そちらの訪問をする事にした。 ついでなので嵐山町と滑川町の調査もしたいなっと思って日の出前に家を出た。 最初に訪れたのは埼玉県大里郡寄居町大字牟礼である。 ここは地図を見ると中世城郭である鉢形城と高見(四ツ山)城の中間に位置する場所である。 特に高見城からは近距離で、何かあったんじゃないかと気になっていたので、今回の訪問となった。 牟礼字堀の内付近の様子。 確かに旧家があり昔から人の住んでいた様子を思わせる。 では早速グルッと県道沿いに回ってみる。 いくつかの沢が合流するこの辺り・・・これを見たからには行かない訳にはいかない。 といつもの土砂災害危険警告板(名称知らないので適当)があるので沢の名前を見てみる事に。 その名も「牟礼沢4」 通称4号なのか。 恐らく地元でも名前の無かった沢なのかも知れない。 一応牟礼沢が幾つも入り組んでいるその辺りへ。 おおお、いいな。 これだけ見せられたら「城」といわれてもちょっと説得力あるかも。 ちょっと草が生い茂る季節なので、その先に行くのは控えた。 うーん、最近衰えたもんだ。 沢の流れによって削られたのか?人の手によって削られたのか? 堀の内という地名は沢に囲まれている事によって名づけられた地名なのか? この辺りの聞き込みをすれば良かったのかも知れないが、早朝なので控えた。 寝起きというのもあって判断力が鈍い。 もう一つ館跡があったんじゃないかと思わせる地形が道路の形状に。 写真左の県道がショートカットでいるのに対し、旧道は堀の内(写真の右側)に突き当たった後、堀の内の周囲を回るようにしてこちらに通っている。 宅地や農地になっていて痕跡すら残していない堀の内、でもなんとなくこういう所で名残を見せているのは我が気のせいであろうか? 堀の内 雰囲気だけ残る 初夏の朝 なんだか寝ぼけているので変な俳句を読んで今回終了。 (一応季語も入っていたのは自分でも驚き) つづきはこちら [0回]
奈良梨館(埼玉県比企郡小川町) 小川町の中をグルグルと巡っている内にかなり日が傾いてきてしまった。 今回最後の訪問となったのが奈良梨館。 ここも良い遺構が残るというが・・・では早速探しに行くことに。 いつも通っている県道。 でも何故かここに遺構があると知りつつ、通過してしまっていた。 今回はしっかり拝見していく。 ピクン!!! 我が「城館レーダー」がこの辺りで反応を示した(笑) こういう藪の中こそ遺構ありといういつもの習性で見た所、やはり土塁があった。 でも悲しい事に写真写りが悪い為この迫力をお見せできないのが至極残念。 更に堀が土塁から少し離れた所にあったので撮影した・・・ だめだ、全然堀の様子が分からない・・・。 いつか地形だけ撮影してくれる城館探訪者向けのカメラが開発される事を願ってしまう。 流石に今からこの竹薮に突撃するのは萎えるので、道路の反対側へ。 西の方が少し高まっており、そこへ入ると立派な削平地がある。 土塁に見える所は高台になっているのを見ると、この辺りも立派な遺構か? コレだけ見ると立派な城館遺構に見えてしまうから恐ろしい。 でも今まで存在を知っていながら訪問しなかったのが後悔するほど良い遺構があって良かった。 その後かなり眠かったので、興奮した奈良梨陣屋の堀の脇で車を停めて昼寝させてもらった。 ちっと目が醒めたら、他の陣屋訪問者の方がちょっと邪魔そうにされていた。 それに気付き速攻でその場を後にしたのだった。 (基本人見知り激しい性格?なので地元の方への聞き込み以外では人との接触は避けている) その時の方、探訪の邪魔をしてごめんなさい。 かくして小川町の平野部を現在把握できる限り歩いて見たが・・・ 家に帰ってみて「中爪遺跡」を訪問し忘れてしまっていた。 こうしてこの日の城館探訪を終えたのだった。 [0回]
奈良梨陣屋(埼玉県比企郡小川町) 前々から側の県道を軍用道として利用させてもらいながら、今だに訪れていなかった奈良梨陣屋へ。 噂では良い遺構が残ると言うが・・・楽しみだ。 現在の八和田神社境内が、かっての陣屋跡地であるという。 奈良梨交差点の北にはこの神社への参道が備えられており、この辺りの中心地であったかのような趣が残る。 神社の裏側にはご立派な遺構が残されており、それを見ただけで喜びが。 最近まがい地巡りに転向しつつも、明確な城館遺構にはそれなりの喜びを感じるのだと自認できた。 うわ~、これって一番大好きな「方形館」を色濃く残している!! やばい・・・今まで訪問したことが無かったのを悔やむ位に好みだ・・・ここは。 となれば方形館がもっとも美しく見えるアングルへ。 んん~~、この土塁の角と堀のコンビネーションが更なる興奮へとかき立てるようだ。 個人的にはこの角度は好きだ。 なお、写真の看板は奈良梨陣屋の解説板。 更に土塁は神社の北をグルっと周って西の角辺りで喪失している。 おそらく西側の民家側に土塁が延びていたのだろうが、喪失したのだろう。 でもいい、この一部が見えるだけで当時の面影を偲ぶ事が出来てとても幸せだったりするのだから。 ただ・・・これ以上破壊されない事だけは願う。 色々と周ってきたが、今回ではここが(個人的に)ナンバー1に輝いてしまった。 やはり鎌倉街道沿いの遺構は良い。 [0回]