中城(埼玉県比企郡小川町) ここまで来たからには中城も見たくなり、数年ぶりに訪問。 北側にある陣屋沼より中城を望む。 東方に伸びる舌状台地を上手に利用した城で、小川町の市街地でありながらこの保存状態は嬉しい所。 一応、陣屋沼公園利用者であれば車が二台分駐車できる。 この日も晴れていたのだが、利用している人が居なかったのでちょっと使わせてもらった。 中城は外周をさらに土塁が囲っている城で、この手の込んだ作りもまた見ごたえがある。 やはりまがい地ばかり周っていると、たまにこういう良質の遺構が見たくなる。 数年前に訪れたときにはこんな看板無かったような? 中城の遺構というより仙覚律師の居住地である方が有名のようで、中城より目立った文字で書かれている事が多かった。 一瞬「場違い?」と思った階段だが、遺構の保存を考慮すると最善策とも思える。 確かに多くの人が歩くと遺構が磨り減ってなくなってしまうから。 土橋などの設備が見られない所を見ると、現役時代ここは板橋でも渡して通行していたのだろう。 流石に橋になるとメンテが大変なのでこういう階段で対応したという感じ。 相変わらず本曲輪のテニスコートは健在だった。 流石に平日なのでテニスをプレイする人の姿は見られない。 前回も見なかったのでここを利用している方が居られるのかは分からない。 中城から小川の街中を望む。 こう見るとこの辺りを治めるのに丁度いい立地条件だったのがよく分かる。 これより先は急落しており、街中になる。 久々に行った中城であったが、比較的草も刈り取られていて見学し易かった。 そんな良い遺構を見て、テンションを高めたのであった。 [0回]PR
止められない止まらない、昔の航空写真閲覧 昨日は思い切り寝てしまい、夜に起きて昔の航空写真を見ている。 戦後の郷土は家屋が少なく、見渡す限り畑や水田。 時々神社等の境内が森になって写っているのが何ともいえない味わいがある。 この時代を見たことがなかったので、いつも通っている場所がどうなっているのか? 戦後(特に米軍機が撮影した航空写真は秀逸)の広々とした武蔵野に思いを馳せる。 当時の人々はそれどころではなかっただろうが、自分の頭の中だけタイムスリップするのもいい。 湾曲する河川に惹かれ、今は無き古道と集落に感動する。 城館跡の研究をするのにこの航空写真の存在が欠かせないものになりつつある。 って事で思い切り6時間ぐらい色んなところを見てしまったのであった。 [0回]
大梅寺 先の八幡神社よりプラプラと歩いて着いたのは大梅寺。 このお寺、緩やかな尾根上に所在していて、南は谷地になっている。 でもそれ以上でもそれ以下でもないという感じ。 一応小河次郎の屋敷候補にはなっているのだが・・・。 寺の東側は住宅地が造成されている。 もしここを堀切などがあれば、それを切通しとしているのではと思ったが、その痕跡は見当たらず。 境内に生えているノッポな木なら昔の事をしっているのかも知れないが・・・ 寺の北側はまた谷地になっており、急落している。 丘だから水は下からくんできたのかと思いきや、境内には井戸らしいものもあった。 地形は確かに良い場所ではあるが、遺構らしきものは見当たらなかった。 というオチで大梅寺の調査は終了。 [0回]
守邦親王仮寓地 当サイトとリンクされている「城跡ほっつき歩き」と「そこに城があるから」で同地が紹介されているので、詳しい事は各サイトへ委ねてっと。 中世城館まがい地候補として名高いこの地は、前々から訪れて見たかった所であった。 住宅地の奥にある茂みが仮寓地であったとされる八幡神社である。 こうやってみると本当に城館っぽい雰囲気がある。 八幡神社境内に到着。 この辺りは小川町の市街地に程近いのだが、近くでウグイスが鳴いていたりと実に風情がある。 解説板にも守邦親王が鎌倉幕府滅亡後、この地に仮寓した際に八幡神社を創建した旨が書かれている。 あくまで言い伝えなので真実か分からないが、もしそうだとしたらワクワクする話だ。 八幡神社の南側は堀底道とも思える道となっている。 道路の南側はたしかに土塁になっているのだが・・・更に南には県指定史跡である穴八幡古墳があるので、そちらの遺構である可能性も。 神社の西側の杉林には謎の窪みが・・・かなり浅いものの堀に見えてしまう。 もう一丁違う角度から。 道路に並行して溝が南北に伸びているのだが・・・写真じゃわかり辛いのが残念。 溝の北は運動場造成によって喪失してしまっていた。 こちらはかって馬場であったという話も出ており、今昔で運動する場所になっているのは何の因果か。 実は八幡神社の北東にも怪しげな土塁が存在する。 こうやって神社の周辺を周ってみると、方形館としても不思議でない趣がある。 その真相についてはいつか発掘調査でもする機会があれば判明するのだろう。 ちょっとした散歩もできたし、城館跡であるかは別にして楽しく歩かせてもらった。 [0回]
山田屋敷 今回はちょっと小川町から外れて近くの東秩父村へ。 以前から訪問した事の無かった上田氏家臣である山田氏の屋敷跡へ。 安戸地区の中心付近に「上品(じょうほん)寺」があり、屋敷跡はこの付近らしいのだが・・・ 所在地が曖昧だったので、当サイトとリンクしている「そこに城があるから」の左馬助様が調査をなさっているので、参考にさせていただいた。 どうやら東秩父団地というマンションの付近にあるようなので、早速「山田屋敷」で聞き込みしてみた。 すると最初に尋ねた方がズバリ現代の御当主様であらせられた。 お忙しい最中に関わらず、件の標柱までご案内いただいてしまった。 左馬助様のサイトだと綺麗に標柱が撮影されているのだが・・・今回はちっとフラッシュもつけなかったので大変見づらい。 御当主様のお話によれば、以前は緩やかな傾斜だったのだが、農業器機の機械化によって平坦になったとの事。 という事はここは屋敷跡?それとも屋敷が傾斜に建てられていた? 答えはその奥の茂みにありそうだ。 御当主様の許可をいただき、奥へ侵入する事に。 近年植林されたと思われるその杉の中は、僅かながら削平されたような雰囲気があった。 だがこの先は「関係者以外立ち入り禁止」の標識があったので、やむを得ず引き返した。 御当主様のお話によれば一番上の岩の付近より板碑(年号は聞いたが失念)があるそうだ。 ここまで上がると比較的周囲が見渡せる。 結局どこまでが屋敷跡なのかよく分からぬまま終わった印象があるが、山田屋敷の調査は今回これで終了。 再び小川町に戻る事にした。 参考サイト:そこに城があるから [0回]