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屈戸の南廓

先日の「まがい地調査」のタイトル名を間違っていたので修正。
×屈戸 → ○中恩田
そんな事で今回こそ本番の屈戸である。
旧大里町の北に市田小学校があり、その北東に常永寺という寺がある。
この常永寺の東部分の集落が今回目指す屈戸の字南廓である。

resize5568.jpg
それが件の南廓周辺。
前方の道が屈折しているのが妙に気になる。
最近はこういった屈折する道に気を取られがちである。

resize5576.jpg
まがい地ばかり巡っているとこんな窪みですら過剰反応をするようになる。
単なる排水路であるのは分かっているが、つい堀である可能性を求めてしまう。
なお、他の写真だとまたも民家が写っているので省略する。

resize5566.jpg
この辺りは高い建物が特にないので、空が随分と広く感じられる。
城館跡は特に無いのだが、こういう空を見ているだけで気持ちが癒される。


荒川の氾濫原にあって集落の多い所は地形がやや高い。
ここも洩れず周辺の水田に比べてやや地形が高い。
小字名である「南廓・北廓」とは城館に関連するか?あるいは別の空間に使われた名称か?
いずれにしても古くから何かあった土地である事は言えそうである。

そんな訳で次の場所へ移動する。

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またも部屋に籠もりて資料を読むなり

今日も雨なので、部屋に籠もって題名通り。
活字ばかり読んでいるのも飽きてきたので、各資料の図面をスキャナで読み取って画像として保存してみる。
これも昨日の系譜図と同じでかなり時間かかる、かかるけどこっちの方が面白い。
各資料の図面を見比べるてみると、色んな違いがあって面白いのである。
やはり研究者によっては見方が変わるというのがよく分かる。

また小字調査に行かねばならないな~

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雨は資料読み

今日は休みだったが、雨が降るとの事なので、いままで溜まった資料がたんまりあるのでそれを読む事に。
改めて読むと実に面白く、あっという間に一日過ぎる・・・。

ついでなので各資料にある系譜図を簡単にまとめてみた。
本物の系譜図のように横一枚にまとめるという物。
ちっと長くて見づらいけど、見比べ易くなったように思える。

でも・・・持ってる資料全部やるのは相当時間かかりそうだ。

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中恩田の内手 その2

「西内手」に引き続き「東内手」も行って見る。
同じ旧大里町中恩田に有るため東に位置する内手という事で名づけた名前と思われる。
先の西内手より東方に約1kmの地点にある。

resize5560.jpg
こちらも水田地帯にある集落で、用水路の合間に民家が集まっている。
個人的に気に入ったのはこちらの水路。

resize5562.jpg
昔ながらの護岸されていない水路。
一部は護岸されているものの、その殆どが草が生い茂って構成されている。
自分が幼い頃にはこんな水路があったものだが・・・最近は護岸された所ばかりになった。
って事で個人的に(まがい地と関係ないが)お気に入り。

resize5564.jpg
その反動があってか、西側の水路はバリバリ護岸されまくりだったりする。
地元有志の方が花とか飾ってくれているので、無機質な水路もなんとなく彩が・・・。

なお、内手の名づけ元は民家の為写真は割愛。
とっても水路な話になってしまった・・・。

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玉子かけご飯は偉大だ

ふと仕事から帰る時、昔の道を歩いてみた。
そこはかって橋があって、地域の人々の往来を見守ってきた道だ。

でも今は橋が撤去され、その橋のたもとに昔からあったお墓への道になっていた。
現役時代より人が来なくなっているが、それでもお墓への道という第二の生活をしていた。
人の通行のほぼ無い道は、とっても静かだ。

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