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五味氏屋敷

●五味氏屋敷(埼玉県入間市)
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江戸初期に旗本五味氏の屋敷があったと伝えられる場所である。
現在は東光寺付近が有力視されている。
先の西にある市川氏屋敷と似ており、ここも小高い丘の山腹にある。
その間を古道が加治丘陵を越えており、現在も車の従来が多い。

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鐘撞堂の南は低くなっている為、鳴らせばよく響きそうなイメージがある。
実はそのまま裏山を行こうかと思ったが、無関係者であるので周りこんで行く事に。

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住宅地を通って北側に。
奥には物見台らしき建造物があるが、これは配水場である。
実はこれより東はずっと下っており、東から南西までは低く遠くにある狭山丘陵も見える。

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丘の上は公園になっているおかげで、自由に立ち入る事ができるのがありがたい。
公園化の際に削平されたのかよく分からないが、結構広々している。

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五味氏の屋敷は田谷という所にありと資料にあったが、この谷がそれを彷彿させるような気がする。
それにしてもこのあたりがこれほど景色が良いとは知らなかった。
少々寒かったが、薄暗くなるまでボンヤリと景色を眺めて楽しんでいった。

って事で屋敷に直結する遺構は見つからなかった。

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臨時休暇

今日は珍しく有休をいただき、お休みとなった。
久々の日曜日なので休日しか会えない友人にも会おうかと考えたが、この所山城攻めを果敢に行っていたので家で大人しく寝ていることに。
あと、このサイトの更新も全然してないので少々手を加えておく事にした。

あとPCに設置している蛍光灯があまりにも薄暗く感じてきたので、LEDの照明を買いにいった。
でもスタンドタイプばかりで、取り付けるタイプのLEDランプは無かったので帰ってきた。
明るい環境で更新できるようにしたいものだ。

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市川氏屋敷

●市川氏屋敷(埼玉県入間市)

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屋敷の跡地は龍円寺にあったとされる。
その南側は霞川が低地を作っており、屋敷は加治丘陵の一部を利用した所にある。

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先ほどの入口から登って振り返ってみる。
ちょっと標高が高く、割と遠くまで見通せるような感じである。
龍円寺の本堂は丘の中腹に建っている。

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なにより気になるのはこの龍円寺の裏山である墓地であろうか。
丘は表面を墓地に塗り替えられてしまっているが、独立した丘の形状は残している。
近くは古道の枝道が加治丘陵を越えており、この丘はその枝道の南を遠くまで見通せる。
何気に気になる地形だ。

関東にやってきた徳川家康の家臣たちは中世期の館跡をそのまま屋敷に利用したケースが多く見られる。
当屋敷もその中世期の館跡を利用した可能性は考えられる。
しかし、現状がこれではもはや地表から調べるのは難しい。

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土屋氏屋敷

●土屋氏屋敷(埼玉県入間市)
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裏で国道16号線が走っており、周辺もだいぶ開発されている。
そんな中、土屋氏・加藤氏の屋敷の伝承のある長久寺は、なんともゆったりとした空気を持っている。

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本堂の東には土屋氏と加藤氏の墓が並ぶ。
後に土屋氏の一族が長久寺の住職となっている。
しかしこれ以外屋敷の遺構を思わせる地形は発見できなかった。
広い境内では子供たちが元気よく遊具で遊んでいた。

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大森氏屋敷


●大森氏屋敷(埼玉県入間市)

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江戸初期の屋敷跡で、大森公民館付近がその屋敷跡であるという。

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南側は不老川(としとらずがわ)によって低地になっており、北側(屋敷側)が自然堤防により若干高くなっている。

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西側を南北に走る公道付近にも土塁らしき高まりがあるが・・・これは遺構?
(実は遺構ではなかった)

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公民館より時計回りに周ってきたら、途中で大森氏墓所への案内があった。

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おお、これはいい宝篋印塔。
武蔵野の数少なくなった雑木林の中に静かにたたずむ所がなかなか。
それにしてもこのあたりも開発が進んで、美しい雑木林がどんどん無くなってきているのが寂しいものだ。

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だいぶ浅くなっているが土塁らしき高まりもある。
このあたりも工場などが出来てしまっているが、今の状態をなんとか保って将来に残して欲しいと思ったりも。

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