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●同道館 (群馬県群馬町)

いままで似たような風景を醸し出していた新幹線沿線に別れを告げ、次なる城館跡を目指す。
井出東館から離れ、井出の交差点を過ぎて直ぐに高崎北高校がある。
次に目指す同道館はこの高校敷地だという。

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我が地図だとこの辺りは城館密集地帯なので、非常に圧迫感がありそうな場所だとおもっていたのだが・・・
思った以上に空が広く感じられる。
まあ、ちっと曇り空なのでイマイチな状況だが、方角的に晴れていれば榛名山が目の前にそびえ立っているのだろう。

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…と同時に気になる丘を発見。
うーん、あれは形状からして古墳のようだが。
まあ、時間があったら立ち寄ってみよう。

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してここが高崎北高校裏門付近。
平日(7月1日)で学校がやる日だとおもうが、こちらはどうやら開かずの門のようだ。
ちっと広い道なので、少々車を停めさせていただく事に。
にしてもいい段々畑ならぬ水田だ。

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実はこちらの資料によれば、ここも遺構のあった場所だったりするのだが。
少し歩いてそれらしい地形を探してみる事に。

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怪しく見えてしまうのはここか。
地図を見てみると「嵯峨谷」の延長上にここの地形があるし。

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単なる水田、単なる水田と思いたいのだが・・・段々この茂みが土塁に見えてしまう。
確かにこの茂みの向こうは地形が落ちているので城郭としての特性も備えている。
ああ、段々生活城館病(なんでも城の遺構に見える病気の個人的に呼んでいる名称)になってしまったのか。

って事で遺構の場所は高崎北高校グランドから写真の場所を示しているのだが、
ここまで地形がいじられてしまっていると、なんとなく想像でしか思い浮かべる事しかできない。
んな訳で次は今までの遺構に比べて大物(?)に向かうものとする。


つづく

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●井出東館 (群馬県群馬町)

明確な遺構の残らない中世城館跡の旅はまだ続く。
今度もまた上越新幹線沿いに発見されている井出東館である。

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先の三ツ寺環濠遺構群と似たような写真しか取れない。
もちろん同じ場所ではなく、先の遺構より南に移動している。
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新幹線の東側に眼を向けてみる。
なんとなく道路の方が畑に比べて低いようにも感じられるが、特に変化はない。

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この畑のどこかに遺構がありそうな雰囲気があるのだが・・・無さそうという印象も。
もっともここも新幹線の建設によって発見されたと思われるので、
遺構は乏しくて当然とも。

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目印としてはこの「高崎市井出集会所」付近である。
この集会所の西がちょっと怪しかったが、明らかに屋敷の竹林だったので行くのを止めた。


想像はしていたが、素晴らしい程に遺構が無い。
でもこういう無いと思われる所から意外な発見があったりもするから侮れない。
そんな訳で次なる城館跡にむかうのであった。


つづく

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●三ツ寺環濠遺構群 (群馬県群馬町)


今度の遺構はまたも新幹線建設で発見された遺構である。
その名も「三ツ寺環濠遺構群」、実はこの手の環濠遺構を見るのは初めてだったりも。
さあ、いざ(多分喪失している)遺構へ。

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まずは遠景。
・・・完全に水田でありますな。
遠くには上越新幹線の高架線が見える。

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ここも遺構とされているようだが・・・ただの畑にしか見えない。
では核心である新幹線高架下へ移動してみよう。

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高架脇の道路に来た。
どうやらこの先の少し盛り上がった所が遺構の発掘されたところらしいのだが・・・

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うーん、ステキな程に手掛かりすら残されておらぬ。
これだけ何も無いと他の城郭探訪されてる方はテンション下がりまくりだろう。
近くの集落付近も怪しいと思ったが、今回はパス。

今回は城の遺構を堪能するより、榛名山の山裾の雰囲気を堪能しているのでテンションは下がらず。
これからどんな感じで勾配が付いてくるのか?城の遺構は変化していくのか?
天気は少々曇っているが、日差しが強いよりかはかなり楽だったりも。

かくして次なる(恐らく遺構がない)遺構へ向かうのであった。


つづく

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●菅谷城(群馬県群馬町)


中泉の砦より東に向かい、菅谷城を目指す。
関越自動車道前橋ICから西北西約1kmという立地条件から、やや遺構の保存状態が気になる。
少しでも遺構が見つかれば幸運と思って探してみるとする。

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菅谷城の城内に位置する浄眼寺に来た。
ここに来る途中にもかなり宅地化されているので、やや保存状態が心配。
なおこの寺の辺りが追手(大手)である。

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一応堀の名残発見。
寺の西に流れる水路も堀だったようだ。
これは中央部がどうなっているか調べねば。

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一見すると石置き場にしか見えないが、山崎氏の図面を見るとここに土塁があったようだ。
確かに不自然な盛り上がりがあるので、こういう形ながらも土塁は生き残ったという事か。

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城の中央部を通過する道の形状も、図面を書かれた当時から変わらず存在していた。
おかげで城の中心部に割とすんなり来る事ができた(犬の鳴き声がうるさくはあるが・・・)
一応ここも土塁で、ここを南西端に土塁が囲っていたようだが、宅地化が進行しておりここしか残されていなかった。

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そのまま南下すると高崎市立菅谷幼稚園前に来る。
今でこそ排水溝化してしまっているが、菅谷城の堀跡らしい。
まあ、以前の城がほぼ壊滅状態にあった中で、かなり遺構が残されている方ではないだろうか。


こんな僅かな遺構でもこれだけ宅地化が進行した中に残されているのがいい。
できたら現存している遺構を大切にしてほしい所である。


そんな事で次の城館遺構にに向かっていく。


続く

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まったり休み

今日は仕事が休みだったが、城館跡へ行かなかった。
というよりこの所の暑さにバテバテになっていたというのも理由の一つ。

もう一つはサイトの更新をちょっとしたかったからというのもある。
そんな訳で今まで手付かず状態だった「中世城館の調べ方」を書いてみた。
これまでの自分の城館探訪をして調べてきた時にあった経験などを書こうかとおもうけど・・・
こんなのが役に立つのか微妙だ。
ひとまず一般的に「中世城郭ファン」と呼ばれる方々ぐらいの事は書こうかと思ってはいる。

まあ、家でこうしてのんびりとしているのもいいなっと思う1日だったりする。

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