珍しく飲む 仕事を終えて帰ってくる最中「ビール飲みてぇ・・・」っと言ってしまった。 普段はアルコールを入れたいと思わない身分なのだが、今回は何故か飲みたくなった。 家の倉庫にある生暖かい発泡酒を片手に、ググッと一杯。 例えキンキンに冷えて無くても、飲みたい時に飲む酒は美味いというのを再認識する事ができた。 さて、心地よくなった所でご就寝するか。 [0回]PR
儀一旅行に行くの巻 昨日今日の二日間、仕事を有休で休んで付き合いで旅行に同行。 今回行く場所には城が一切ないとの事で、少々寂しい思いをしながらの旅行となった。 でも城と関係ない旅行もたまにはいいかも知れないと考えを改める事も。 何しろバスに乗って行く旅行だったから、外の景色をじっくりと見る事ができた。 ただ、あまりにも城館関連の事が無さ過ぎたので、自由時間中に近くの図書館へ資料集めに(笑 思ったよりいい資料が手に入ったので、個人的には満足でございます。 今回は宿泊した旅館から歩いて10分の所にあったから出来た事。 次回はそうはいかないだろう。 って事でなんだかんだで城から離れられない儀一。 我が事ながら先が思いやられる・・・。 あと皆様、この度の旅行大変お世話になりました。 [0回]
下野国田園城館探訪ツアー その7 番外編の様に渡良瀬遊水地へ寄り道した儀一は、再び小山市に戻ってきた。 次なる城はアジトである。 ●網戸城(栃木県小山市) かくしてJR間々田駅の北西にある網戸地区に来た。 読みはアミドではなくアジト、ある意味読めないと思える。 網戸城は網戸小学校のある所が本曲輪であるというが・・・ 地図と現地の形状がやや違うような? それにしても・・・何周しても小山市史の地図と一致する場所が見つからない。 そんな時は生の情報を入手するのが吉だ。 畑で作業をされている方に話しかけたら、思い切り30分以上も雑談してしまったのだった。 でも網戸城の事はご存知で、早速教えてもらった本曲輪の場所へ向かう。 ここが網戸城本曲輪であった網戸小学校跡地。 ちなみに小学校は戦後間も無く現在の場所へ移動したのだという。 あれ?「小山市史」は昭和55年発行なのだが、「現在は網戸小学校」となっている。 これは紛らわしいかも。 石碑があるが、今回は小学校の跡地を示す石碑である。 周辺が草が茂っていて近くにいけなかったが、小山市は結構立派な石碑を建てている事が多い。 そのまま網戸神社へ立ち寄る。 まだ5月のはずだがもう薮蚊がウヨウヨしている。 神社の境内には網戸城城主である網戸朝村の墓所がある。 その側にはそれを示す石版があり、これが当地を城を示す案内を担っていた。 少々迷ったりもしたが、思ったより楽しかった網戸城。 実は先ほどの聞き込みで網戸城の「西城」にお住まいの方が詳しいとの事であったが、 人見知りの激しい性分ゆえに訪ねて聞き込みする事ができなかった・・・。 思川の堤防上から再度網戸城を見渡し、次なる城館跡へ向かうのであった。 つづく [0回]
流石にこれはいかんだろう 今使っている携帯電話の料金内訳が、数日間システムメンテナンスと称して見れなくなっている。 もう料金確定から10日以上も経過しているのにまだメンテナンス・・・ 流石に料金内訳もすぐに出せないのでは、徴収する側としてはマズいのでは? (何気にこういう時に限って確定内容が気になる) [0回]
夢の中の陣屋 今日は休みなので普段出来ない事をする。 今後の計画などを考えるのも重要な私事の一つ。 その後銀行周りや買い物をし、またも家電店へ。 PCの性能は格段に向上してはいるものの、現状でも充分だったりも。 ただキーボードの「Back Space」キーのすぐ右上に「Powar」キーが配置されているので、作業中誤って「Powar」キーを押してしまい、プログラム(ヘタすればPC)を終了してしまう事もあるが・・・まだ取替え時ではないな。 でも無線LANの調子が悪くなり始めたので、コンセントを経由したLANを考慮してたりも。 家に戻り涼しげな風に吹かれてしまい、つい昼寝をする。 驚くべき事に、「今日は城館探訪しない」と決めていたはずなのに、 夢の中で城館探訪してしまった。 場所はどこだか分からないが「福地陣屋」って名前だったのでネット検索。 すると!?本当にあった!! 奈良県宇陀市(旧榛原町)というところにあったらしく、万治三年(1660)大和松山藩主・織田長頼の弟長政が築城したらしい。 ふむう、まさか夢の中で奈良県の城館跡を探訪していようとは・・・ 現地の状態は分からないが、夢の中では水田にいい土塁があったので大喜びしていた。 微妙な城館遺構ばかり回っているから、多少良い遺構が見たくなったのかも知れないな。 [0回]