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愛車謝恩城館探訪 その6

山上城を後にして南南西へ約600mの近距離に膳城がある。
行政区分は桐生市(山上城)から前橋市(膳城)と変わるので、
僅か600mほどの距離であっても凄い移動したような錯覚があったりする。
(元の新里村と粕川村は同じ勢多郡であった)

個人的には山上城と膳城はいつもセットにして訪れる。


●膳城(群馬県前橋市)
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本当に近距離なのはありがたいが、考えてみたら車の駐車場ってあったか忘れていた。
お陰でこの道を2度も通過する羽目になってしまった。

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仕方なく本曲輪から北西方向にある粕川歴史民俗資料館付近に駐車する事にした。
今回ここも入ろうかと思っていたが、残念ながら閉館時間である4時を過ぎていた為に断念。

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そもそも今日(四月一日)時点ではここは開いてなかったようだ。
日が日だけにエイプリルフールでない事を願う(笑

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それにしても公道を堂々と歩きながら堀などの城郭遺構が見れるのは実に嬉しいもの。
とはいえこの公道も城の遺構を破壊して作られている為、それを考えると微妙な按配に・・・。

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本曲輪は先の公道から入ってすぐの所にある。
半ば公園化されているような場所なので、気軽に尋ねる事ができるのがいいかも知れない。

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ついでにしっかりと解説板(縄張り図付き)まで設置されており、資料を忘れても安心?
甲斐武田氏による「膳城素肌攻め」についてチョコっと書かれている。

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膳城内はかなり遺構の保存状態が良く、写真を撮るのにはもの凄く助かっている。
おかげで先の山上城とこの膳城では各200枚程の写真を激写してしまった。
デジカメのメモリーを多めにしておいた恩恵がこんな所で得られるとは。

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この城も案内設備は充実しており、一応この案内に従って動けばその場所にいけるようになっている。

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城内には石塔まで付いている。
おそらくは五輪塔・・・とは思うが、こういう石造物に関しては守備範囲外なので分からず。
移設しているかも知れないが、ここにずっとあったとすれば、膳城落城の際の供養塔になるのだろうか?

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なお、粕川歴史民俗資料館と道路を挟んで前橋市文化財管理センターがあり、その構内にも堀がある。
本曲輪付近に比べて浅い堀なので微妙な按配だが、その配置から見ても膳城の遺構なのだろう。


そろそろ日暮れの時間が迫ってきた。
後1時間半ぐらいが限度というところだろう。
次がこの十年以上連れ添ってきた愛車の最後の城館探訪先になる場所になる。
目標をあの城に設定し、車を走らすのであった。


つづく

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愛車謝恩城館探訪 その5


もう2週間以上前の話になってしまっているが、続きである。
旧大間々町の高津戸城を後にし、図書館で資料をコピーしてしまった。
思ったより良い資料が手に入ったので、至極満足であったりする。

そのまま西に上毛電鉄沿いに進む事になる。
前に何度か話している事だが、個人的に赤城山山麓の城館跡は好きである。
地形的に北は赤城山、南は広大な関東平野が広がっているという風景だからだろうか?


●山上城(群馬県桐生市)
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元勢多郡新里村山上にある城で、現在は桐生市に合併をしている。
今日のスタートが桐生市だっただけに、桐生市って広くなったものだと歓心する。

久々の訪問であるが・・・あれ?こんな施設はあったっけか?
以前に訪れたときにはすでに公園化されてはいたが、この建物の存在はすっかり頭から抜けていた。
なお、ご城内は駐車場および公衆トイレ完備で、一般の方はもちろん城館探訪する方にも優しい城である。

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今回山上城を訪れた中で一番印象のある建造物。
一般的な「城」のイメージが西洋の城であるという事を改めて認識できる。

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城内は半分以上が公園化されているので、夏場でも藪の心配なく訪れる事のできる城である。
ただ、薮蚊の存在があるので、あまり安心できないのだが・・・。

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城の知識がない方にも安心の案内も設置されている。
ただ、「 城の知識がない = 城に興味がない 」の可能性もあるので、
知識が無いけど興味のある城館初心者さん向けであると言えそうだ。

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実は城の北が公園設備が不十分な為、かなりド派手な遺構が残されている。
普段消えかかっている堀や土塁しか見ない身としては、とっても目の保養となりますです。
前回訪れた時にはこちらの調査を忘れた為に、今回幾つも取り巻く堀と土塁をじっくり堪能する。

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周囲を確認した後、ようやく本曲輪に到着。
北寄りに石碑が建てられており、一緒に記念撮影はしないものの、思わずニッコリする設備である。

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ほぼ蕾の桜の木にも、一部咲いている花を発見。
あと1~2週間もすれば満開になるのだろう。

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今日はうす曇であったが、三の丸の広場では子供たちが元気に遊んでいた。
保護者と思われる中年男性が座っていた石には、この城の縄張り図が立体的に掘られていた。
やや簡略化されているが、本曲輪を守るように効果的に土塁と堀を配置しており、なかなかの城である。

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トイレで用を済ませ、山上城を後にした。
振り返るとそれほど標高も高い山ではないが、あの遺構をみればここも堅城であると理解できる。

さて、日没までまだまだ時間がある。
今は亡き愛車と共に次なる城館跡を目指すのであった。


つづく

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今日は雨だ、何しよう?

実は本日お休みだったりしたが、天気は雨。
せっかく晴れていたら、新車の初陣を行う予定だっただけに残念。
初陣予定場所は山城なので、雨の日には行きたくないというのが本音であったりする。

さて話が変わり、この所この新車君にナビゲーションシステムを搭載しようか考えている。
先日カー用品専門店を訪れ、手当たり次第パンフレットを拝借してきた。
読んでみてはいるが、自動車同様ナビもかなり進歩してきている様子。
本音を言えば城館跡の所在地を全てナビに搭載して、「近くの城館跡を探す」なんてあったらたまらない・・・。
所在地のデータをナビにインプットするのが大変な仕事だが、城館探訪者としてこれほど欲しいナビ機能はない。
欲を言えば城館跡のデータ(縄張り図など)も表示されれば、はっきり言って20万円のナビでも高いと感じられなくなってしまう(笑
あ、ついでに簡易データ出力装置として小型プリンターまで付いたら、家で資料をまとめる手間が省けて城館探訪がより楽しくなる事請け合いだ。
(すでにナビの領域を超えてはいるが・・・)

自分の妄想はそのくらいにして、最近はHDD内臓のナビが主流になっているようだが、自動車に搭載するには振動と高温というHDDには適さない環境のような気がしてならない。(今の店頭価格も結構な値になっているし)
となると、データの容量や表示速度が劣ってもメモリーカード式のナビの方が自動車内の装備としては適切なのかも知れない。
どうせナビに挿したままにしておくメモリーカードなら、SDカードみたいに小さくなくても良いからやや大きくてデータ容量のある記憶媒体にして欲しいと思ったりする。
正直、個人的にはSDカードぐらいのサイズになるとコンパクト性より紛失率の方が大きく、あまりメリットを感じられないからである。


色々と考えがあるが、もうしばらく情報収集に努め、城館探訪に適したナビがあったら買ってもいいかもって状態である。

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城好きだった


今の職場の上司の上司(ややこしいな)が城好きだったと判明。
ふむう・・・思った以上に城好きという人はいるのだな。
恐らくは近世城郭と呼ばれる天主(建物)のある城であると思うが・・・。

その上司の上司は時々しか会わないので、実際話をした事が少ない。
今度こちらが城館好きである事を伝えておくよと上司に言われてしまった。
どんな話をふっかけられるのか?興味もあり怖くもありという所である。

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城館をめぐるきっかけは?


自分同様、城館跡を訪ねられている方々がいらっしゃるが、みんなどの様な点で城館探訪に惹かれたのだろうとふと考えていた。
これは十人十色でみんな違うと思うが、自分の始めたきっかけというのをサイトのページに加えてみるのもいいかと思った。

resize1937.jpg自分が最初に中世城郭として認識して訪れた場所は、ずばり寄居町の鉢形城である。
今から8年前の冬、北風と木の葉の舞う日にどういう動機で訪れたかは忘れたが、この城を訪れた。

この日は確かに風が強く、とても散歩気分になれる日ではなかった。
自分も風に吹かれ寒いと思っていた記憶がある。

しかし、自分の持っていた鍵と合う鍵穴が中世城館にあったのは確かだった。
荒川沿いにそそり立つ断崖上にその城を見た日から何かが変わった。

それからというもの、中世城館を訪ね歩く日を(ちょっとペースが落ちているが)続けている。
更に方向性が遺構の乏しい館跡や砦跡などに移ると、情報の乏しさからあらゆる手掛かりを求めるようになっていった。
鉢形城と出会うまでには考えられなかった自分の変化である。

元々出歩く事が好きであった事に加えて、城館跡から見える景色が自分を惹かれさせたのだと思う。
それに加えて城館跡の聞き込みからふれあう地元の人々の暖かさ。
かってそれほど調べられていなかった事に対する、自分自身の好奇心の刺激。
何より、400年以上も残り続けている城館遺構を目の当たりにする奇跡が訪れる動機を作ったのだと思う。

この分だと以前ほどのペースでないにしても城館跡を訪れるのだろう。
自分でもこの先どれほど城館跡について調べられるか?楽しみだったりする。

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