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池端城(長野県佐久市)


池端城所在地


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『佐久市志 歴史編(二) 中世(以後市志と呼ぶ)』によればこの城は今までその存在を知られていなかったという謎の城である。
確かに謎の城と言われるだけあって、何処にあるのか分からず・・・。
一応その所在地に行ってみた。

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特に『市志』を読まずに来た自分は、この右側(南)にある山に池端城が築かれたのだなっと思い込み、周辺を調査しようとした。
でも今日はもう藪などに入りたくない気分で一杯になっていたのだった。

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平場があるようにも見えるが・・・この丘全体を調べてみない事にはわからん。
かくして今回も特に調査をする事無く撤退したのであった。

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再び佐久へ

本日の長野県の天候が晴れとの事で、先日の続きという事で再び佐久市へ赴いた。
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最初の内は霧やガスがかかっていて見通し悪かった。
でも内山城越しにご来光を撮影できたのは良かった。


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午前中はすっかり好天気になり、のんびりとお散歩気分に。
やはり青空の下で城館探訪するのは楽しいものだ。

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そんな事で降水確率が30%だったが、雨が降ることがなくずっと晴れていた。
前回行けなかった城にもリベンジできたし、とっても満足。
天気が本当によくてそよ風も吹いていた事もあって、城館探訪以外にも田んぼをのんびりお散歩してしまった。
こういう空が広い場所は本当に好きだ。

夜は長野まで駆け抜けてくれた我が愛車を徹底お掃除。
道中急ぐ事無く、のんびりと帰宅しましたとさ。

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志賀城(長野県佐久市)

志賀城所在地


武田晴信(信玄)の志賀城攻めで印象のあった城である。
この佐久地方に対する晴信の徹底した虐めは家臣の横田備中守高松に諫言されてしまう程酷かったようである。
その舞台になった志賀城まで来ることができたので、さっそくその遠景を見てみよう。

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真正面から見た志賀城(写真真ん中の山)。
うーん、行こうかと思っていたが、先の内山城に行った時に結構体力を使ってしまったので行く気が・・・
あと、城の登り口を見つけるのも・・・ちっと面倒になった。
(ネット検索したら南麓の雲興寺に登り口があるらしい)

かくして今回は遠景を撮っただけで探訪は挫折。
かって同日に山城四ヶ所訪問していた時代が懐かしく思えてきた。

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浅井城(長野県佐久市)

浅井城所在地
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鳥坂城の東に位置する城で、香坂川が周囲を巡るように流れている。
こちらの方は小高い丘がある為に写真で見ても一目で分かる。

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北側は民家および畑になっており、立ち入るのが少々戸惑われる。
思い切り私有地っぽそうに見えてしまう。

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別角度からもう一度城内を撮影。
段々状の地形に見えるが実態はいかに?
(やはり入ってみてくれば良かったかも)

って事で遠目に見るだけで侵入すらできなかった浅井城であった。

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鳥坂城(長野県佐久市)

鳥坂城所在地




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鳥坂(とさか)城は中央図書館などの併設されている牧場の東側に位置する城である。
南は志賀川と西は平尾用水となった谷にはさまれた地形で、それを利用した城のようだ。
現地はというと・・・いたって畑になっている。

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遺構らしき所といえばこの堀跡と伺われる窪地であろうか。
舌状台地の先端である南西方向を区切るようにこの窪地は延びているので、堀切の一種であったと思われる。

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ちなみにここもまた見晴らしは良い。
東を見ればかなりの要害に見える閼伽流(あかる)山城が見える。
・・・この山容を見るととても今日行く気になれなかった。
手持ちの地図によれば山腹の千手観世音堂まで道があるようなので、それを利用すれば探訪できるかも知れない。
閼伽流山城を見てもそうだが、凄い所に城を築いたものだ。
ちなみにこの山を上信越自動車道がトンネルで貫通している。


それにしても信州は景色がいい。
改めてこうして訪れられた事を嬉しく思ったりも。

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